何も見えない未来へ向かっている
還暦を過ぎ3人の子どもたちも社会人になったことで、家族への責任も一応果たしたと言えよう。
「もう怖いものは何もない」と思える歳になったのかも知れないが、あるとすれば病のリスクや死が近づく恐怖くらいだろうか。
だからこそ最後の人生だと自覚できるのだ。
いや、最後の人生だと自覚しなければいけないのだ。
そう言いながらも悔いのないようにとか、やり残したことがないようにとかではなく、自由に未来を感じながら生きていきたい。
今までになく自分をさらけ出して生きることができればそれでいい。
「自分に偽ることなく正直でありたい」
そんなことすら今までの自分にはなかったと感じるから、改めて願わなくてはならない。
スマートに格好良く生きることが出来ないだろうか。
不安や後悔も自ら受け入れ、その先にある心豊かな人生を夢みながら。
それでも過ぎ去ってしまえば、瞬きをするほどの時間に感じるだろう。
過去の時間は一瞬でも未来の時間はまだまだ長い。
永遠でないことは分かっている。
とりあえず明日一日のために今日を過ごすことにしよう。
明日一日を想像しながら今日できることを考えてみよう。
考えていること全てが行動に結び付くことはないが、その半分でも実践したい。
ブログの効能
なぜこんな取り留めもないような事を書いているかと言うと、自分のブログに残すことによって何度も読み返し、モチベーションを保つのに役立つからだ。
挫けて何もしたくない時や、無駄に何時間もテレビを見ている時などに読み返して見ると、過去の情熱を甦らせたり行動する勇気に繋がる。
また公開することで自分をさらけ出すことができるし、さらけ出すことによって自分を飾らなくてもよくなる。
ブログを書くようになってから、決意を曲げる優柔不断な言動もなくなった感もあり、継続力にも影響を与えている。
多くの方に読んで頂きたいが、先ずは自分のための自己満足ブログとしても多くの効果が期待できそうだ。