60歳過ぎて残りの人生を明確に想像するために!

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定年退職をターニングポイントにして好転させるために!

平均80年程度の人生を三つのスパンに区切るとしたならどこで区切るのが最も適しているのだろう。
人生に適した区切りを付けるという言い方もどこか曖昧なニュアンスに聞こえるが、残された人生を惰性だけで送ることに違和感を感じるのであればハッキリさせておきたいと思うからだ。
自分の人生のターニングポイントを明確にすることで今後の人生の道標にしたいからでもある。

過去の転機は明確に振り返ることができる

人生の転機とは暮らしや人脈、考え方や行動思考が大きく変わる時のことだ。
60年以上生きた人がすべて同じポイントを持つわけではないが、一般的に第一回目の転機は子どもから大人に変わった辺りに置くことで見えてくるだろう。

人によっては最初の就職であったり、前回書いた結婚が最も大きな転機と言える人も少なくないだろう。
既に過去となった人生を振り返り最も大きな転機をひとつ拾い出せばそれが人生一回目のターニングポイントだ。

例えば最初の就職をするときに何を考えどんな未来を想像して道を選んだのか思い出してほしい。
そしてその未来は想像した通りの道だったのか振り返ってみる。
結婚も同じことだ。
結婚した頃想像した未来と現実はどれほどの差があったのか思い出してみる。

最初の就職で出会った人脈によって行動思考が大きく変わったとか、この人と結婚したお蔭で想像以上に幸せな人生に繋がったといったことだ。
勿論逆に、この人に出会わなかったらもっと違う人生を送れたと反省することもあるだろう。

このように既に過去となった人生では、好転した転機と暗転した転機を想像ではなく明確に振り返ることができる。

人生の転機は自分で作るもの

このように過去となった人生を振り返る反省は明確に見えるものだ。
そしてその結果論も自身で選んだ道を進んだからに他ならない。
「後悔先に立たず」の言葉通り、その時が転機になると分かっているなら一度立ち止まってでももっと慎重に道を選ぶべきなのだ。

転機を迎えた時、どの道に進むのが自分の人生を明るくしてくれるのか考えるのは当然だが、言い換えれば人生を好転させる転機を自らつくり上げることの方が重要だ。

私が若かった40年も前は、そんな転機に差し掛かっていても誰も親身になって教えてくれる者はいなかった。
実は自分はそう思っているが、若気の至りで聞く耳を持っていなかったと言う方が正解なのだろう。

もし40年前が今のように情報が豊富であったなら私の人生も違っていたかも知れないと言えば、あまりにも身勝手な都合のいい反省だと思われても仕方ないところだ。

今を転機にしたいと考えるなら

過去の転機を振り返ったら今度は次の転機について考えて見る。
まだ来ていない未来の人生を想像した転機だ。
私のように定年退職した人なら今こそを転機にしたいところでもある。
なぜなら定年退職に伴って人脈や収入、ライフスタイルや行動思考などが大きく変化するタイミングだからだ。
これを転機あるいはターニングポイントとしなくて他に当てはまる時期があるはずもないだろう。

ただ40年前の過去のターニングポイントと違うのは道標となる情報に事欠かないことだ。
どの道に進めばどういった未来が待っているのかリサーチできるのだから、ある程度輪郭も明確にした未来を予測することができる。
時代は変わりこれほど多くの情報が誰でも無料で入手できるのだから、リサーチせずに惰性で道を選ぶのは勿体ない。

それが例え老後の入口だとしても道はひとつではない。
他の言い方をするなら最後の人生で歩く道は自分で切り開くべきとなる。
それは決して惰性や人を頼ることなくと言うことでもある。
もうこの歳で若気の至りは通用しないのだ。

定年退職で転機を迎えれば、その後の人生をただひとつの道だけを見るのではなく手探りでも他の道を探すためのリサーチが大切だ。

リサーチしながら想像する最後の人生

「定年退職したら好きではないが畑仕事でもして時間を潰すしかない」「やることも思いつかないから1円パチンコでもして過ごすか」「少しでも稼ぎたいからシルバー人材センターに登録して体に鞭打ってでも働くしかない」などと考えるのもひとつの道に変わりはない。
しかし大切なのは、それが自分の最後の人生になって納得できるのかと言うだけだ。

サラリーマン人生を送った人に最後に与えられた大きなプレゼントが定年退職というターニングポイントなのだ。
せっかく頂いた最後の転機を無駄にしたくはないだけだ。
例え足元に断崖絶壁が迫っていようと苦難な道のりであろうと、その先にハッキリと明かりが見えるなら敢えてその道を進んで最後の人生を納得したものにすることができるはずなのだ。

歩こうと決断した道に「ハッキリとした明かり」即ち明確な未来を予測するために必要なのがリサーチということだ。

自分へのモチベーション維持が本音

これまで人に自慢できるような人生を送ったわけでもない者が2,000字も使って分かったようなことを書いてきたのは、あくまで自分への勇気付けのためだ。
これを読んだ方に「人生そんな思い通りに行くはずない」とか「結果を出してから言ってくれ」などと反論されたとしても謙虚に聴くしかないが、ほんの少しでも共感して頂けると幸いだ。

今回のブログ記事は数年後の自分に宛てた手紙でもある。
数年後に泥沼の中ではなく、ほんのり灯った明かりの中でこの手紙を読み返していたならそれだけで幸せなのだ。