老後になっても働くのはなぜ?

Marko LovricによるPixabayからの画像

老後に働けることは幸せだが、お金のためにいやいや働くのは辞めた方がいい

老後と検索するだけで「老後の生活資金」だとか「老後に必要な生活費」、「老後資金はいくら必要」「年金不安」などという言葉が上位を占めるが、それだけ老後のお金に関心がある人が多いと言う証しだ。

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お金の心配は切りがない

あらゆるメディアで老後の資金不安を煽るものだから、お金の不安ばかりが先行して無理をして収入を得ようとする人が多くいる。
しかし「お金の心配は切りがない」ことだけは頭に入れておくことだ。

例えば金融資産を3,000万円持っていたとしても、その内2,000万円は株保有だから現金は1,000万円しかない。
できれば株はそのまま子どもたちに残してやりたいからこのままでは自分たちの老後資金が足りなくなる。
こんな心配をする人は後を絶たないが、この人たちはお金がいくらあろうと足らない理由付けをしてしまうので心配がなくなることはない。

子どもたちに残してやるお金も自分たちの葬式代も投資資金も必ず必要なお金ではない。
生きている内に使えないお金は自分にとって価値のないお金と断言してもいいだろう。

70代の男性が働く動機は?

週に3日は、ある施設の夜勤警備をしていて、兼業で農業をしていると話す70代の男性は長年工場勤務を勤め上げ退職金もそれなりに頂いているので今生活に困ることはないと言う。
夜勤警備の仕事は持病の腰痛で辛い時もあるが、他の仕事に比べればまだ楽な方なので入院でもしない限りは続けたいとのことだ。

今収入が無くても生活に困ることはないというのになぜそこまでして働かなければならないのだろう。
その疑問を投げかけて見ると、「今後何があるか分からないので、持っているお金を使うのが不安だから」ということのようだ。
ある程度まとまったお金はいざという時のために貯蓄しておいて、生活や将来働けなくなった時のために今働いているとのことだ。

結局日本人は働くと言うよりお金儲けが好きなのかも知れない。
お金だけが不安を解消してくれるのだろう。

60代後半の人に同じような質問をしても答えはさほど変わらなかったが、その人は好きなゴルフをしたいから働いてるということなので、不安解消動機よりは理解できる。

お金の心配が人生を無駄にする

老後の生活資金などのお金が心配な人は無理をしてでも仕事をして収入を得ようととことん働き続けるが、働くことに力尽きた頃には楽しむこともままならないようになっている。

働くことが苦ではなく働くことを楽しんでいる人は別として、働けなくなったら色んな所に旅行に出かけたいとか好きなことをして暮らしたいなどと考えている人は働けなくなってからでは手遅れの場合がほとんどなのだ。

最後の人生をお金のために働くのは、そもそも勿体ない時間を過ごしていることになりかねない。
今までの人生は子どもや家族のために働かなければならないのは道理も通っているが、60歳すぎてから最後の人生を生活のためでもなく老後資金不安のために働くとすればナンセンスとしか言いようがない。

定年になってから投資をするのは間違い

定年になってから老後資金不安のために投資をするのはおかしくはないだろうか。
定年までに投資をして老後資金を少しでも増やしておこうとするのは最もだろうが、定年になってからでは「灯台もと暮らし」となってしまう。

安全なローリスクで投資をしても直ぐに生活費の足しにはならず、かといってハイリスクの投資をして元も子もなくすようなことでは安全とは言えない。
しかも投資のための元金は生活費として使うこともできないのだ。
60歳過ぎて投資でコツコツと老後資金を増やすには時間がないのだ。

例えば2,000万円の預貯金があり、その内1,000万円を投資に廻すとしよう。
500万円をローリスクの債券や投資信託で運用をしても利回りも少なく生活の足しにもならないため、半分の500万円は株式投資をするとする。
そうなれば当然リスクは上がり下手をすれば債券や投資信託の利益も株式投資が呑み込んでしまうことなどはありふれた話しだ。

投資の基本はリスク回避のため分散投資することだが、失敗すると資金運用どころかマイナスになることも珍しくはないと言うことだ。
しかもその投資のための元金1,000万円は使うことができないので老後資金としての価値は投資を始めた時点でなくなるといっていい。

2,000万円貯蓄があるならその2,000万円を切り崩して老後に使うべきだが、日本人は切り崩して減らすことに抵抗があるので2,000万円をそのまま残そうとする。
そのため働くことから逃れられないと言ってもいいだろう。

働くのが悪いのではないが、お金は有るにも関わらずやりたいことも犠牲にして不安のために働くのが納得できないところだ。

老後に働くのはやることがないから

定年退職して隠居したからといって毎日テレビを見て過ごすことなどおそらく誰にも出来ないだろう。
そうは言っても誰でもやることを持っている訳ではない。
例えば地方でも定年後に好きで農業をやっている人は少ない。
たまたま先祖から受け継いだ田畑があるから仕方なく農業をやっている人の方が多いだろう。

もし時間とお金が無限にあったとしてもやることがない人は働きに行くしかない。
ひょっとしたら収入を得るために働いている人より本音はやることがないから働いている人の方が多いのかも知れないと感じるくらいだ。

特に勤勉な日本人は老後にやることがないと思っている人が多いそうだ。
そして見栄や人目を気にするのも日本人の特徴のようだ。

例えば毎日ゴルフをして暮らしたくても人目が気になってできないとか、遊んで暮らすなど人に何を言われるか分からないと心配したりするのだ。

結局何でもいいから仕事をして働くのが手っ取り早くて人目を気にすることもないということだ。

時間とお金の価値の結びつき

よく時間はお金では買えないなどと言うが、考えようによって買うことは可能だ。
移動時間をお金を掛けて短くしたり、自分がやらなければならないことをお金を出して人にしてもらうことで自分の時間を増やすことができる。

ただ、時間もお金もたくさんあればいいというもででもない。
時間もお金も使わなければ価値はないのと等しい。

働いてお金が手に入っても働いているから時間がなく、好きなことに使えないお金は価値がないと言えないだろうか。
お金がなくても価値のある時間を使うことができれば、それはお金があるのと変わらない。

結局私たちは時間とお金を上手く使えない人種なのだろう。

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