定年後初めての一人旅をキャンセルしたのは!

誰にも起こり得る不測の事態

このブログにも書いていた60歳からの一人旅が行けなくなった。
台風21号の突風や過去にない高潮で関空が大打撃を受けたからだ。

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多くの人が関空に取り残された

私の場合は関空に行く前日の出来事で、取り残された3千人の中には入らなかった。
取り残された方だけで3千人だそうだが、海外から帰って来れない方や、私のように行けない人も含めるとこの台風に影響を受けた人の数は計り知れない。

その全ての人にとって、期待を打ち砕かれたり不安が募ったりするようなインパクトのある思いもよらない出来事だったに違いない。

テレビのインタビューで「初めての海外旅行をとっても楽しみににていたのに」と答えられている高齢の方や、「アルバイトをして貯めたお金でやっと海外に行けるようになってウキウキしながら関空まで来たのに」とツイッターに投稿している若い女性など、その気持ちを考えると切なくなってくる。

蘇る関空を襲った台風の記憶

以前にも台風の影響により関空で足止めをさせられたことがある。
1997年6月28日に台風8号が瀬戸内海を通って日本列島を縦断したが、ちょうどその時関空でチェックインを済ませていたのだ。
ところが私たちが乗る予定であった成田からくる飛行機が、突風の中を着陸可能か検討中とのことだった。
関空で長い時間待たされたあげく欠航になったのだが、台風の状況を関空のテレビモニターで見ている時に神戸連続児童殺傷事件の犯人が逮捕されたのだ。
その臨時ニュースを境に台風のニュースは報道されなくなってしまったから、関空などの被害状況も知ることができず、次の日に臨時便が運行されるのかも予測することが出来なかったのを思い出した。

希望はいつの日か叶うだろう

今回も自分が予約している飛行機が関わっているだけに、関空の被害状況や復旧の見通しなどの確実な情報を知りたいとテレビに釘付けだったが、肝心な情報は曖昧で苛立つばかりだった。
家にいる私でさえ、その絶望感と苛立ちは少なくないのに、関空まで行って目の前で欠航を知らされた方はさぞ悔しかっただろう。

この日のために1ヶ月以上も前から準備をしていたので、何とか別のルートでも行けないか探ってみたが、その行動には当初の予定と比べ、かなり大きなリスクを伴うことが分かり断念することにしたのだ。
明日はこんな料理を目にしていたと思うと残念
    
この台風がなければ今、電車で関空に向かっていると思われる頃、宿泊施設(ゲストハウスなど)やWi-Fiなどのキャンセルに追われた。
航空会社からは「後日運航可否は空港オープン確定後お知らせする予定」とメールが来ているだけなので、関空が想像以上に早く復旧すればまだ旅立てる可能性も少しは残っているといった淡い希望を抱いている。
その希望も無くなり、一ヶ月以上に渡って掛けた多くの準備時間も水の泡になると思えば悔しいが、こんな時こそ楽観的に考えようとしている。
決して無駄な時間ではないと言うことを説明付けして自答してみた。

例えばソウルから地下鉄2号線でハプチョン駅まで行き、1番出口を出た所にあるバス停で2200番のバスに乗る。
漢江沿いの高速道路を1時間程度下ってインターを降り、一つ目の交差点を左折した所にあるマッコウルイプクと言うバス停で下車する。
因みにこのマッコウルイプクというバス停は以前ソンドンリサゴリと言う停留場名だったようで多くの情報がいまだにそのままになっている。
そこから北西に細い道を10分歩けばプロバンスマウルに着く。

またスウォンファソンと言う5.7Kmの城郭は発達門から城郭の外を反時計回りに歩き、蒼龍門から内側に入って一周するのが疲れにくい歩き方で景色や城郭そのものも美しく観賞することができる。

このように行こうとしていたところは概ね記憶の中にあるので、ともすれば一度や二度行った方より旨く説明できると思えるほどだ。
今行けなくてもチャンスが無くなったわけではなく、今度は場所を変えてみるのも悪くはないと考えればチャンスも広がったと言える。
幸いこれ以上は無いと自信を持って言える程の格安予約をしていたため、キャンセル料も少なくて済みそうだ。
人生悪いことばかりではないだろう。

そうでも考えないと、今日から始まっていたであろう「60歳からの一人旅」「旅は人生の道標」の一片を知るどころか、期待が壊れた悔しさから再び空虚感漂う生活に逆戻りしてしまいそうなのだ。

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