63歳初めての車中泊でのひとり旅は体調不安を伴って決行した

四国カルスト

不安と楽しさは紙一重だと気付かされた旅

コロナを気にしながらも車中泊をしながらのひとり旅を実行した。
色々な思いの中で旅立つことになったが、この旅で何か小さなことをひとつでも得ることができればそれでいいとの思いもあった。
「63歳にもなって何も車中泊などしなくても」と思われる方も多いだろうが、決して老後資金に余裕がある訳でもないのだから、この貧乏スタイルを自分のものにして楽しめるようになることがひとつの挑戦とも言える。

車中泊ひとり旅の行き先とルールを決める

私は兵庫県の山間部に住んでいるのだが、行けそうで行ったことがない近場というのが四国だ。
兵庫県と四国は地図上でも分かる通り日帰りも可能な距離だが、20年ほど前に香川県に行った記憶が少し残っている程度でそれが最後になっている。
そんなに近いのになぜ今まで行く機会がなかったのか不思議なくらいだ。
そのため私にとって四国は一度は行って見たいところのひとつになっていた。

瀬戸大橋など本州を結ぶ道路以外の有料道路を使わないことをルールにすると、一日300Km程度移動するのが限度だ。
結局この下道を走って車中泊することをルールに二泊三日の計画を立て実行した。

一日目は瀬戸大橋から四国へ入り、香川県から徳島県の大歩危(おおぼけ)小歩危(こぼけ)渓谷周辺の観光地を経て高知県の山中にあるRVパークゆとりすとで車中泊をする。

二日目は高知市を通り四国カルストを見学し愛媛県の小藪温泉に浸かって疲れを癒し、四国の西海岸で夕日を観賞し道後温泉本館前の駐車場で車中泊だ。

三日目は今治城からしまなみ海道で尾道へ渡り2号線で帰宅する計画だ。

万が一転落しても誰も責任を負ってくれない見た目以上に恐い吊り橋

兵庫県から岡山県まで高速を使わず走ると倍近い時間を要した。
それでも国道2号線などは2車線で70キロ制限になっている区間も多く昔に比べるとかなり早く進むことができた。
しかし一桁国道だけあってトラックも多く、田舎道しか走らないドライバーにとっての疲労感は想像以上だった。

岡山県の児島インターから瀬戸中央道に入り瀬戸大橋を渡った時は不思議なくらい車が少なく、日曜日とは言えコロナの影響でドライブに出かけることも自粛している人が多いのではないかと罪の意識さえ宿るほどだ。

ルール通り四国に入った直ぐの坂出インターで下道へ降り、小歩危駅近くの赤川橋へ向かった。
朝7時半に家を出たが赤川橋に着いたのは昼を過ぎていた。
観光地ではないからか一組のご夫婦とサイクリングで来られたであろう人だけで他に観光客は見当たらない。

赤川橋とは川向うの西祖谷山村新道を結ぶ吊り橋だが、現在は水源管理と森林管理に使われている吊り橋で、入口には「観光等の通行で万一事故等が発生しても管理者は一切の責任を負いません」という三好市の看板が設置してある。
ある意味日本では渡るのに最も勇気を必要とする危険な吊り橋のひとつのようだ。
現在の日本の安全管理基準なら一般の観光客が入れないようにせめてロープでも張ってあるのが普通だろうが、何もないところを見ると渡ることを禁止しているようでもない。

赤川橋から

現にサイクリング姿の方は橋の中央より向こう側からこちらに向かって歩いて来ている。
私も少し足を踏み入れ1/3ほど渡ってみたが、想像以上に橋が揺れ踏み板のたわみや二枚目の板の腐食具合が恐怖を増幅させ途中で引き返した。

石橋でも叩いて渡りたいほどの私には到底向こう側まで辿り着くことは不可能だ。
この後行った有名な祖谷(いや)のかずら橋より遥かに高く、渡るにはベルト付きの安全フックが必要だと感じるほどの吊り橋だった。

この冷や汗を流そうと近くにある大歩危峡まんなかという温泉に飛び込んだ。
日曜日でも午後2時という時間だからなのか温泉に入っているのは私を含め二人だけだった。

初めての車中泊で不安を倍増させた喉の違和感

大歩危小歩危(おおぼけこぼけ)付近を見て回った後、初めての車中泊をしようとRVパークゆとりすとへ向かった。
夕食はコンビニで何かを買い車内で食べようと簡単に考えていたが、そのコンビニもなかなか見当たらない。

やっと見つけたコンビニでカレーを温めてもらい、明日の朝食用にパンとコーヒーも同時に買って山頂にあるゆとりすとへ行き受付を済ませて宿となる駐車スペースに車を止めた。
明るい内に到着したので最初気持ちには余裕があったが、暗くなるのに伴って不安も膨らんで行ったのは段々と強くなった風が車を揺らすほどになったからだ。

LEDの照明は持っていたが当然車内は狭く、初めての車中泊の不安を煽るにはその環境だけでも充分なほどだ。
しかし少し離れたところに一台だけキャンピングカーが駐車していたお陰で究極の孤独感からは免れた気もした。
だが何の経験もない赤子でもない限り風で揺れる車をゆりかごのように熟睡の足しにはできないだろう。

暗くなり短時間で夕食を済ませると何もやることがない。
まだ午後7時だと言うのに寝床をセットした後は物思いにふける以外に思いつかないのだ。

実は一ヶ月以上前から喉に違和感を覚え声が枯れる症状に悩まされていたが、昨日から特にその症状がひどくなり憂鬱感が絶頂に達していたのだ。
気管支喘息なのか、あるいはもっと深刻な病気なのかと心の中は複雑だった。
耳鼻咽喉科で慢性鼻炎の診察を受けていたが「喉に問題は見当たらない」との診断に納得できないでいた。
いつ旅行に行けなくなるかも分からないと思い切って出てはみたものの、この何もすることがない状況に、暗くて狭い環境からくる恐怖は喉不調の憂鬱感までも最高潮に高める原因となった。

このように気を紛らわす術が見当たらない状況下では、病の不安を自分で煽っているとしか言いようがなかった。
それでもひとつだけ良かったと感じるのは、周りに人がいないことで咳をしても気を使わなくて済んだことだ。

天気は悪くなかったが標高750mの山頂ということもあり台風並みの風の音で何度も目が覚めた。
そして目が覚める度に喉の違和感に悩まされる一夜を過ごしたのだ。
耳鼻咽喉科で処方して頂いた咳止めは、満性鼻炎のくすりとは対照的に少しの効果も実感できないでいた。

晴天の四国カルストが病を忘れさせてくれた

原因不明の喉の違和感を抱えたまま朝を迎えたが、まだ夜も明けていない。
だが脳が起きて咳払いが続く状態では、これ以上の睡眠は苦痛としか表現できないほどだ。

寝床を片付け洗面の後朝食を済ませ暗い内に車を出した。
国道32号線を南国市方面に南下し、高知市を通って四国カルストへ向かった。

夜が明けると雲ひとつない晴天でナツメヤシの街路樹が南国の象徴のように続いている。
「弁当忘れても傘忘れるな」と言われる地域に住んでいる者としてはこれこそが憧れの地であるかのように眩しくもある。

歴史を感じる高知の路面電車も、初めて訪れた地での旅情を掻き立てるのには充分な演出だ。
これも高速道路で目的地へ行ったのでは見ることができない風景に違いない。

途中のコンビニで海苔も巻いてない塩結びと温かいお茶を買い、四国カルストにナビをセットした。
いや、正確には四国カルストにセットしたつもりだった。

四国の内陸部は秘境と言われるところが多く道幅も想像以上に狭いと聞いていたが、これほどまでかと思い知らされるほどだ。
車一台がやっとの山道を登って行きながら急に「道を間違っているのでは」と不安が過ぎったのは、脇道から出て来た軽トラックを運転していた老人の顔を見た時だった。

不思議そうに見つめるその人の目が間違いなく「この人どこへ行くつもりなんだ?」と言いたそうに訴えていたのだ。
そう言えばこの細い道に入ってから対向車が来ないように願ってはいたものの、それまで一台の車にも出会っていなかった。

Uターンしてもう一度広い道まで戻ると、遠くに見える標識に四国カルストの文字がかすかに読みとれた。
地名の最後まで確認せずに目的地をセットしたのが間違いだったようだが、この後はナビに頼らず四国カルストまで行くことができた。

四国カルストでは昨夜の不安が嘘のように心も晴れ、コンビニ塩結びもミシュランガイドに掲載された店に引けを取らない味がした。
これこそが贅沢の極みと言うものだ。

レビュー評価の高い愛媛の秘境温泉をひとり占め

二時間近く居ただろうか、名残惜しいが四国カルストを後にした。
向かったのは事前調査でレビュー評価の高い愛媛の秘境の宿、小藪温泉(おやぶおんせん)だ。

高知県と愛媛県の県境国道197号線は、秘境を縫って走ると言う表現に相応しいドライブコースだった。
こんなに車の少ない国道を走るのも初めての経験だが、周りの景色は飽きることがないほど美しい。
最近は見なくなった稲の自然乾燥のための何段もの稲木や、日照時間の短い地域で探して築いたであろう東斜面に貼り付けるように建てられた民家の数々は、車をとめて休憩することを促す理由に持ってこいだ。

国道197号線の道路脇左側に見える赤い大きな鳥居が小藪温泉の目印だ。
この鳥居を潜りすぐに左の谷へ入っていくが、ここから2キロ先まで民家は一軒も見当たらない。

小さな谷川沿いの正面に初めて見える古そうな木造三階建てが小藪温泉だ。
隣の駐車場には私の小型乗用車を一台止めるだけのスペースしかない。

タオルとブラシなどを入れた温泉セットビニール袋を持って中に入るが誰もいない。
「こんにちは~」と枯れた声で呼びかけると中から「は~い」と若女将が顔を出した。
「ひとりですが温泉だけ入れますか?」と伺うと「どうぞ500円です」とのことだ。


「そこの階段を降りて下さい」と言われ木の階段を降りる。
玄関は二階にあり浴室は一階に作られている。
男湯と書かれたのれんを見つけ脱衣室に入るが誰も入っている形跡はない。
ロッカーもないため脱衣籠の底に財布を忍ばせ浴室へ入ると、やはり私ひとり貸し切り状態だった。

男湯は一間幅に二間ほどの浴槽に湯が溜めてあり部屋の広さは12帖程度だ。
ヒノキ浴槽の縁にタオルを置いてガラス越しに外を見ると谷川の渓流が目に入る。
首まで湯に浸かり思い返すと昨夜と似た状況なのにその心境は天と地だと気付く。
喉の違和感も忘れ極楽そのものだ。

そして午後二時ごろここを出た。