言葉を慎むとは

言葉を慎むことが老後の幸せに繋がる

その時々の言葉が少し足りなかったのが理由で人間関係がぎくしゃくしたり、仕事に影響を及ぼすこともある。
特に慌てていたり忙しい時などは、自分の思いが相手に伝わらず誤解を招く事も少なくはない。
自分の事は見えないものだが、他人がそのような状態に陥っている時は状況などもよく見えるものだ。

先日、健康診断のため前夜から何も飲食せずに11時頃まで過ごすことになった。
診断が終わり、さすがに空腹感で家に帰る時間も待てず、少しでも腹に入れようとその近くのコーヒーショップに寄った時のことだ。
さほど広くない店内には先ほどまで多くのお客さんで賑わっていたんだろうなと感じたのは、ほとんどのテーブルが片付いていなかったからだ。
「少し時間が掛かりますがお待ちいただけますか」の店員さんの言葉に戸惑っていたら、「10分ほどお待ちいただければ」と付け加えられたので、待つことにした。
既に片付いていたテーブルに案内されて待っていた時、いつもいる男性の店主は見当たらないが奥の厨房で作業をしている女性スタッフが見えたので、今日は女性二人で切り盛りされているんだろうことが伺えた。
店内では一人しかいない女性店員が私の注文を取りに来たとき、予約ではないかと思われる電話が響き始めた。
すぐに出ようとする様子のない電話はいつまでも鳴っていたが、「早く出ないとお客様を逃がすことになるのに」と勝手に思った私は迷っていたサンドイッチをその電話の音にせかされるように決めると、やっと出てくれて「やれやれお客様を逃がさなくて済んだ」と関係のない私の方が安堵したしだいだ。

そのサンドイッチを食べながら駐車場に目をやると、一台の乗用車が入って来た。
まだほとんど片付いていないテーブルが気になっていたのは、次のお客様も待たすことになりそうだったからだ。
車から降りて「お腹がすいた」と言う小さな男の子を連れたご夫婦が入って来られた。
忙しそうに働いていた店員さんが、「こちらで少しお待ちいただけますか」と言ってまだ片付いていないテーブルに案内したのだ。
「いや違うだろう、その隣のテーブルは片付いているのだから、お待ちいただくなら、そっちだろう」と心の中でつぶやいていたが、何か他に理由があるのかも知れない。
私が知らないだけかもしれないが、その親子のお客様も不思議に思っているはずだ。

それから5分ほどが経過する間、テーブルの上を片付ける様子もなく、電話注文の持ち帰りサンドイッチを袋に詰めるなどバタバタと忙しそうな様子だ。
私はお腹を空かした先ほど入って来られたお客様が気になっていた。
「忙しいのはよくわかるが仕事の順番がそれでいいのか」と、余計なお世話と思われるような事を考えながら食べ終え、支払いをして店を出た。

車に乗ってエンジンを掛けた時、先ほどの子ども連れのご夫婦が、怪訝そうな面持ちで店から出てこられたのだ。
「だから言わないことではない」と思った。
いくらこの店のサンドイッチがおいしいとはいえ、この親子が再びこの店に来ることは無いだろう。
忙しいのは見ていればよく伝わってくるが、言葉がほんの少し足りなかっただけでこのお客様を逃してしまったのだ。
逃したのはこの一組のお客様だけではなく、このお客様のリピートと紹介や口コミまでも失ったことになり、人口3万人程度の田舎町でのこの損失は大きいと言わざるを得ない。

私の時のように「10分ほどお待ちいただけますか」と言って、片付いている方のテーブルに案内していたら、このお客様も帰らずに待っていただろう。
それとも少し事情を説明して、時間が掛かることをお知らせしていれば、待てないお客様なら自分の判断で帰られ、その後の口コミなどへの悪影響は避けられたと思われる。

「災いは口より出て身を破る~」などと言うが、これは自分の言葉を慎重に使わないことからくる例えであって、口数が少ない事を称えた格言ではない。
誰も人から聞く言葉には敏感で、自分の言葉は慎重さに欠ける事が多いようだが、それでも言わなければ伝わらない事の方が多い。
60歳も過ぎれば言葉での失敗も数多く経験しているはずなのに、それでもまだ「言わなければよかった」と思うような失敗を繰り返す。
しかしこれらの言葉も「言わなければよかった」のではなく「違う言い方をすればよかった」の方が正解ではないだろうか。

この日の出来事では、相手が勝手に感じ取ってくれると考えず、ハッキリ言葉で伝えることの大切さを教えられたようだった。
言葉を慎むとは言葉を発しないことではなくて、控えめに少ない言葉でしっかり伝えることにあると心したい。