倒産の危機を感じた時

未払い賃金は返ってくる

会社が倒産すると思った時、知っておくべき知識がある。
勤めている会社が倒産した場合、何より優先される債券は未払い賃金だと聞いていた。
しかし実際倒産を経験すると、未払い賃金が優先されることはなかった。
このような経験をした人はそんなに多くはないだろうが、もし勤めている会社が倒産しそうな危機感を持っている人は参考にしてほしい。

倒産を経験することになった会社は従業員が50人にも満たない小さな会社ではあったが、その地域では賃金も悪くなく割と自由な社風の会社であった。
社長の人柄も良く、従業員にも慕われていた。
私はその会社で社長の他には唯一の営業業務に携わっていて役職も頂いていたが、役員ではなかった。
これまでも経営状況が悪いとは感じていたが、役員でも株主でもないので出しゃばることは控えていた。
その会社がいよいよ倒産に近いと感じたのは倒産の半年前であったが、このような状況を感じ取れたのは規模の小さな会社だったからで、会社の規模が大きくなるほど危機状況を知るのは遅くなるだろう。

会社が資金ショートして最初に支払いをしなくなるのは、現金取引の支払いや公的料金の他、法人税や従業員の給与から天引きされる住民税などにも至る。
会社を潰さないために手形だけは優先されるが、税金などは多少遅れても仕方ないと考えるからだ。
実際倒産した私がいた会社も、早めに解雇された従業員の数名分の住民税が支払われていなかったが、倒産を迎える少し前に分かり処理することができた。
当の本人たちは給与明細から引かれているので支払われていると思うのが当然だが、実際には会社がそのように処理をしただけで、その分を手形資金に流用していたのが実情だった。

最終的には銀行から見放されて融資を受けることができず、一回目の不渡り手形を出してしまうが、半年以内に二回目の不渡りを出すと銀行など取引停止となり倒産する。
一回目の不渡りから二回目の不渡りまで半年どころか1ヶ月持たないのがほとんどだろうが、「もう会社が持たない」と悟った社長や役員は自分の保身を優先して行動するようになる。

そこで従業員も自ら保全のための行動をしなければ、その後の生活に大きく影響を及ぼすことになる。
従業員の中には家などのローンを抱えている人も多いのに、滞ったままになっている未払い賃金があったり、次の就職も急がなくてはならないからだ。
私の場合は倒産の日まで経理事務の社員と身内でもなく株主でもない役員と共に整理に当たった。
その時は既に未払い賃金が3ヶ月になっていたが、労働賃金目途も立たないため1ヶ月早く解雇された従業員も2ヶ月間の未払い賃金があったが、それらを少しでも解消できないか方法を探っていた。

この会社の場合は一回目の不渡りから二回目の不渡りまで1ヶ月の時間があり、考える時間猶予があった。
実際には社長がもう駄目だと倒産を覚悟した時点からが、倒産を踏まえた行動に移り変わる起点となるが、一回目の不渡りで信用は無くなり取引してくれる会社もなくなることから通常業務は行えなくなる。

私も営業業務であったことから、会社が倒産して迷惑を掛けるであろう取引会社も把握していたが、この会社が長くは持たないと悟った時から自分と直接関わる仕事を減らす努力をしていた事もあり、その金額はかなり少なくなっていた。
そこで未回収になっている売掛金を回収し、社長の了解を得てそれらで小口の取引会社の支払いを済ませ、従業員の住民税を各市町村の税務課に支払うことができた。
このとき回収した主な売掛金は、何年も回収できずにいたその会社にとっての不良債権の一部だが、それがこのタイミングで不良債権を回収できたのには倒産前であるが故の理由があった。
その理由の説明はしないが想像して頂くと思いつくはずだ。

回収できた金額が二回目の不渡りを回避できる額には程遠く、後のことを考えずに自分たちの未払い賃金に当てることも頭によぎったが、今思うとそうしなかったことで従業員の信用まで失わずに済んだことが正解と言えた。
最後に賃金台帳とタイムカードのコピーを取っていたことも、私たちを救うことに繋がる。

結局倒産の日を迎えるが、その日を境にしてその会社の資産は破産管財人、或いは債権者に移るので、それが例え回収困難な不良債権であっても手を付けることができなくなる。
破産法などで優先破産債権となるのは、破産手続き開始より3ヶ月以前の未払い賃金だとかで私たちの未払い賃金も優先権を失っていた。
実際優先されたのは、税金と債務者の破産手続きなどに要する弁護士費用のようであった。

そこで未払い賃金立て替え制度を申請すると、その8割を国が立て替えてくれると言うので調べてみた。
その申請を通常は債務者側の弁護士がすると聞いていたのでお願いしてみたが、「する」とは言いながら一向に取り掛かってもらえず、時間の無駄になってしまった。
何度電話しても「今やっているから」の返事で、必ず必要だと思われた未払い賃金の正確な金額すら把握していないのは明らかだったから、こちらからお断りしたのだ。

その後もう一つの方法である労働基準監督署で認定申請をすることになるが、そこでもまた厄介な状況に陥ってしまう。
債務者である経営者(社長)の行方が分からなければ直ぐに手続きに入れるが、逃げてなく居場所が分かるのであればその経営者に請求をするのが筋だろうということだ。
理屈はそうだが、労働賃金も払えず倒産している現状を説明することも難しく、ましてや経営者が夜逃げせずに居ること自体が申請の妨げとなったのだ。

そこで何度か、経営者に労働賃金支払いの催促(請求書)をした実績を作り、取っておいた賃金台帳のコピーやタイムカードのコピーを根拠書類として提出して、やっと申請を受け付けてもらうことができた。

この未払い賃金立て替え制度の認定申請を行ってから、立て替え金が自分たちの口座に入金されるまで、1年以上が過ぎていた。
労働基準監督署の担当者が春の人事異動で変わっていなければもっと早く処理されていたと思えることがあったものの、賃金台帳やタイムカードなどのコピーを持っていた事で債務者側(経営者側)を頼らず、最後まで諦めずに従業員全員の未払い賃金を8割ではあるが回収できたのだ。